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      東北支部  四季折々探勝会
  慶長遣欧使節船サン・ファン・バウティスタ号と石ノ森漫画館等見学     世話人 田中勇紀 
 


 ◆ サークル名 : 四季折々探勝会

 ◆ 開催日 : 2015(平成27)年11月20日 (土)

 ◆ 参加者 (50音順、敬称略)

   小澤孝一、倉田敏郎、渋谷一男、

   鈴木春夫、田中勇紀、深谷孝行 全 6名


 左から  渋谷  深谷  小澤  鈴木  倉田  田中 (敬称略)
  サン・ファン館の前で → 

◆ 実施レポート
仙台駅在来線改札口前に集合、仙石線、石巻線を乗り継いで石巻市渡波駅まで行く。

<慶長遣欧使節船ミュージアム(サン・ファン館)>
日本における20世紀最後で最大のガレオン船「サン・ファン・バウティスタ復元船」を保留、展示する博物館です。
今から 400年前、石巻市月浦から出港した慶長使節の偉業や大航海の様子を、展示や映像、乗船体験を通して紹介していました。
東日本大震災の影響により長らく休館していましたが国内外の多くの支援により慶長使節出港 400年の節目である、2013年秋、約2年8ヶ月ぶりに再開館を果たしたといいます。展示所とサン・ファン・シアターを見学する。

仙台藩主伊達政宗はメキシコとの交易を目指し、ヨーロッパへの外交使節として、支倉常長を大使とする慶長遣欧使節団を派遣しました。これより2年前の1611年12月、三陸沖北部を震源とする慶長三陸沖地震が発生、マグニチュードは推定8級、当時の資料によると仙台藩領内だけでも数千人の命を奪ったといわれています。この国難を飛躍の機会に変えるべく政宗は震災からわずか2年後、慶長遣欧使節を派遣、月浦(石巻市)から出港しました。

太平洋を横断し日本を出て3ヶ月後にメキシコに到着、船を乗換え大西洋を横断してスペインに上陸しスペイン国王に会い政宗の親書を渡し宣教師の派遣とメキシコとの交易を要請したと云います。しかし日本国内でのキリスト教禁止などにより国王からの了承は得られず、ローマ教皇の協力を得ようと一行はローマに向けて出発します。
ローマ教皇から前向きな返答を得て再度マドリードに戻り交渉をするがうまくいかず、仙台に戻て来たのは月浦を出港してから実に7年の月日が過ぎていたと云います。
その後、展示館を出て実際に乗船し船内を見学する。

<石ノ森漫画館>
宮城県出身の漫画家「サイボーグ009」「仮面ライダー」「ロボコン」等の数々の作品を手掛けた石ノ森氏がここから「漫画文化」を発信するためいつでも離陸できる形になっていると云う。
内部には石ノ森章太郎を紹介するコーナー、トキワ荘の模型があったり、約 6000冊のマンガと映像作品を自由に楽しめる他、描いた絵をその場でアニメとして見ることが出来る「アニメにしよう」の空間もあった。
石ノ森章太郎、原画の世界や体験アトラクションを見てから特別企画展、近藤喜文展も見学する。

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<感想>
見学後、大震災から4年半以上の月日が流れて少しずつ復興の兆しが見えて来て力強さを感じる街中を見ながら石巻駅に戻る。 先人の強靭な精神に倣い、復興へ向けて歩み続ける宮城、石巻地方の姿を見た思いがしました。参加してくださった会員の皆様、本当に有難う御座いました。
             世話人 田中 勇紀(記)


 慶長遣欧使節船ミュージアムのある
石巻市渡波大森地区の地図は
こちらを 
 クリック
 



仙台駅のホームにて(カーソルを翳すとカメラマン交替)


石巻へ向かう電車の中で


サン・ファン・バウティスタ復元船にて


同じく船上にて (上下とも)


漫画館の中のお二人 <その1>

漫画館の中のお二人<その2> どなたの帽子かしら

石ノ森漫画館内で全員集合
今回の訪問先の石巻はあの震災時の津波で多くの犠牲者を出し、鉄道や道路が寸断されたところですね。それを思い出すととても心が痛むのですが、仙石線も無事復旧できたのですね。
平成2-3年に仙石線で石巻へ行ったとき、JR石巻駅は駅舎が2つ離れてあったのを覚えていますが今はどうかしら?

一週間前に芸術観賞同好会の例会もあり、今回の参加者は6名とやや少な目でしたが、歴史を振り返り、震災復興を祈る意味ある例会になったことでしょう。

          
2015年 12月  編集:須田


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